アダルトチルドレン&HSPなアラサーの生存日記

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アダルトチルドレン・HSP気質のアラサー女が生きた記録を残していきます。

一人暮らしでのうつ病闘病記録③~回復の過程~

先日からの記録の続きで、今回はうつ病の回復過程を書いてみます。

毎日毎日何もできなくて、身体はベッドに引っ付いてしまったかのような日々。
「消えたい」としか思えなかった地獄のような毎日でしたが、服薬と睡眠によって、少しずつ寛解していきました。

私ですが、今も通院していて完治している訳ではないので、ほんとんど症状が出なくなった状態を表す寛解という言葉を使っています。

 

簡単な自炊を始めた

今までは、調理などとてもできなくて、お湯を注ぐだけのものやパン、みかんなどで栄養をとっていました。そんな食事が1年ほど続いた頃でしょうか。
外をふらふら歩いていたとき、ふわっと夕飯準備時のいい匂いがしました。
ふと、あったかいご飯が食べたくなりました。

♦炊飯器とコンロ、フライパンを買った

この世から去るつもりで身辺整理をしていたため、炊飯器と二口ガスコンロは売ってしまっており、バカみたいですが、これらを買い直しました。
一合炊きの小さい炊飯器と、一口ガスコンロの安いやつ、そして深いフライパン。

1年ぶりにご飯を炊いて、卵焼きを作りました。
あったかいご飯、すごく、すごく美味しかったです。

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こうして、炊飯器とフライパンだけで簡単な料理をするようになりました。
今まで脳に膜がかかっていた感じだったけど、作って食べるだけで、頭が少し動き出した感じがありました。

公園に行くようになった

今までは外出で人を見るのがすごく苦痛で、ずっと布団にまるまっていました。

そんな日々が続き、4月になった頃でした。動物の本能でしょうか。春の日差しというものは、こんな人間でも外に誘い出す力があります。
ふっと外に出ようかな、という気になりました。

♦まずは近くの公園へ行ってみた

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私の家の近所には、ありがたいことに、大きな川と、3つの公園があります。
引っ越しの時、高いビルが見えない、自然がある場所を選んだのがよかったです。
一番近い公園に行って、おばあちゃんやおじいちゃんたちと同じように、ただぼーっと日向ぼっこをしてみました。

♦人の目は気にしなくなった

それから、あたたかいご飯を食べるようになって元気が出てきたからか、ちょっとずつ、人があまりいない昼間に、他の公園や川にも足を延ばすようになっていきました。

最初のうちは、「昼にいい年の女が何してんだ?」と思われたらどうしよう、とか心配していましたが、思ったほど人は他人に興味ないのが分かり、どうでもよくなりました。

桜やたんぽぽなど、お花を見るだけで癒されました。
野良猫もいて、猫には話しかけたりできました(笑)

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あと、お散歩している保育園の子どもたちも可愛かったですねえ。

働いていたころは、子どもが嫌いで嫌いで、電車で赤ちゃんの泣き声がすると車両を移ったりしていましたが、ストレスがなくなったからか、赤ちゃんや子どもたちを、「可愛いな」「元気だな」と、温かい目で見られるようになっていました。

心の余裕って大切ですね。

図書館に行くようになった

こうしてちょっとずつ外に行けるようになってからは、図書館に行きだしました。
これも歩いていける距離にあるのでよかったです。

昔から本や漫画が好きだったのですが、うつ病になってからは、文章が頭に入ってこず、苦しかったです。文字がばらばらでしか認識できない感じで。

♦絵本や児童書を読んでいるうちに、小説も読めるようになった

             

               Amazonより)

そんな私に、友達が「児童書とかからなら読めるかも」と言ってくれたのもあって、絵本を手に取ってみました。
そしたら、ちゃんと読めたんです。絵があるし、字も大きい。お話も短い。
素敵な絵本って、たくさんあるんですね。子どもの頃に戻ったようでした。
アイヌの民話とか、なかなか面白かったです。

やがて、昔大好きだった『秘密の花園』や世界名作劇場の「ロミオの青い空」の原作である『黒い兄弟』などの児童書を読んでいくうちに、自然と普通の小説も読めるようになっていきました。

これは、本当にうれしかったです。

 

市民プールに通った        

図書館に通うようになった頃からは、だいぶ症状がよくなっていました。
この頃から、過食で太った身体を改善するために、市民プールにも足を運ぶようになりました。スポーツは嫌いな私でしたが、水は好きだったので、プールを選びました。太った身体を目にするのはすごく辛かったし、たくさんの人と接触するのも怖かったですが、なんとか踏み出してみました。
一回500円ぐらいだったので、無職のお財布にも優しかったです。

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♦おじいちゃんやおばあちゃんたちと話せるようになった

最初は歩行コースで歩くだけででしたが、少しずつ我流で泳ぎ始めました。
30代の女が昼間に泳いでるのは珍しく、おばあちゃんやおじいちゃんたちに、「仕事してないの?」と言われましたが、「主婦です。朝にパート行ってます。」と言っていました。
嘘だよ、ただの独身無職だよ・・・。でも、嘘も方便です。

大阪は、みんなやたら話しかけてきて、「泳ぐの下手だね。ちゃんと習った方がいいよ」とか普通に言われて凹むことがありましたが、習いに行くお金は無職にはないので、得意の愛想笑いでスルーです。

めんどくさいことはありましたが、もちろん優しい人もたくさんいて、だんだん人と話せるようになっていきました。
今思うと、ここでのコミュニケーションは、仕事前のステップとしてはいい訓練になっていました。
ともかく、ゆるく通ってなんとか15キロぐらい落とせました。

姪が生まれたことで家族関係がよくなった

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あと、私がちょっとでも生きようかな、と思い始めたのに、姪が生まれたことがあります。
私の家族はちょっとうまくいっていなくて、19歳で家を出てからは10年くらい実家に帰っておらず、電話もほとんどしていませんでした。

♦10年ぶりの帰省をした

ふと何気なく母親に電話したタイミングで、姪っ子が生まれたことが分かり、10年ぶりに実家に帰ってみることにしたんです。

実家に入る前は、ものすごく緊張しました(笑)

しかし、赤ちゃんって、その場を和ませる力がありますねえ。
子どもは嫌いだったのですが、身内は別だというのを体感しました。
すっごく可愛くてたまりませんでした。
ちょっとした仕草に、みんな「可愛い~~~❤❤」と笑顔になり、祖母・母・妹と本当に久々に、笑って話せました。
私の場合、特に父親との関係がひどかったので、いまだに父親に会う勇気は出ていませんが、家族関係が緩和したのは、精神的にもとてもよかったように思います。

まだ、実家に泊まったりして長い時間過ごすことはできませんが、勇気を出して会いに行ってみてよかったです。

無理しない範囲で働き始めた

そうこうしているうちに、傷病手当金の給付期間が終了しました。
ずっと働いていなかったことによる不安はすごかったのですが、収入がなくなるので、働かないといけません。

♦失業給付をもらって職探しを始めた

延長手続きしていた失業給付を受給しながら、職を探し始めました。
最初は、「年齢もあるし、正社員じゃないと」という強迫観念があり、何社か面接に行きましたが全敗。
正直に理由を言ってましたから、まあ、当然の結果でしょう。
病歴ある人間より、健康な人間を雇いたいのが会社だと思います。

♦パートで働きだした

結局、医者や先輩、友人の助言もあって、歩いて行ける近所の高齢者用施設で、1日6時間・週4の事務パートとして働き始めました。

休んでいる期間は、「在宅で仕事をしていた」と言っておきました。正直に言ったら落ちるので、嘘も方便ではないでしょうかね(2回目)。

ここでは、そんなにストレスなく働けました。
時給は安いですが、その分簡単な業務だったし、一緒に働く方がとても優しくてありがたかったです。バリバリの「企業」という感じだったら、多分またおかしくなっていたかもしれません。

♦休職期間が長くても働けると分かった

この頃には、症状がさらに良くなっていました。
長い期間休んでいても、別に普通に働けるじゃん、と自信が出たからだと思います。

結局この職場は辞めてしまい、もう少し時給の高い派遣社員になりましたが、問題なく働けました。
まあ、クビになってまた無職なのですが(笑)

傷病手当金の受給期間が終了しても回復していない場合

私の場合、なんとか1年6か月で就職できましたが、傷病手当金を受給できる1年6か月を過ぎても症状が改善しない場合があると思います。

そのような場合は、「就職困難者」枠で失業給付を受給する方法があります。
うつ病でも、通院していて医師が書類に書いてくれれば、大幅に給付期間が延びます。
「そううつ病でないと当てはまらない」、という誤解があるようですが、うつ病でも大丈夫です。

給付を受けるには、「働ける状態」でなくてはいけませんが、これは「フルタイムで」という訳ではありません。パートタイムなどで「週20時間」働ける状態なら当てはまります。
必要な用紙はハローワークでもらえるので、

「通院していて、フルタイムでは働けないのですが・・・」

と一度相談してみてもいいかと思います。
雇用保険に1年以上加入してた45歳未満の方の場合、給付日数は300日になります。

何日受給できるかは、下記リンクの「3.就職困難者」のところをご覧になってみてください。

www.hellowork.mhlw.go.jp

現在の状態

こんな感じで、私は姪が生まれて家族関係がよくなったという、偶然の大きな要因もあって、だいぶ症状はよくなったと思います。
生きるハードルを下げたのも、心が楽になった大きな要因だと思っています。

しかし、今でも「消滅したい」とか「人に会いたくない」という気持ちはあります。ただ、これはもう、性格や人生に対する考え方のような気がしています。

あと、寛解してゆるく働いてみたものの、私にとっては人間関係がかなりストレスの要因となるのが分かったので、これからは、在宅で仕事ができるような仕事を探していきたいな、と思っています。相当頑張らないといけないと思いますが。

うつ病は、先が見えず、とても苦しいです。
でも、波を繰り返しながら、光は見えてくると思います。
もし、うつ病が苦しくて検索して、ちょっとでもこのブログが目に留まった方がいましたら、参考になれば幸いです。どうか、希望を捨てないでいただきたいな、と思っています。